終活の話

公正証書について

1  尊厳死宣言公正証書

公正証書は、公証人が作成する書類であり、真正に成立した文書として証拠としての効力があるとされています。その公正証書のなかで、最近注目されているのが、「尊厳死宣言公正証書」です。

近年、過剰な延命治療を打ち切って、自然の死を迎えることを望む人が増えていることから、「尊厳死宣言公正証書」が作成されるようになりました。

「尊厳死」とは、一般的に「回復の見込みのない末期状態の患者に対して、生命維持治療を差し控え又は中止し、人間としての尊厳を保たせつつ、死を迎えさせること」と解されています。

近代医学は、患者が生きている限り最後まで治療を施すという考え方に忠実に従い、生かすべく最後まで治療を施すことが行われてきました。しかし、延命治療に関する医療技術の進歩により、患者が植物状態になっても長年生きている実例などがきっかけとなって、単に延命を図る目的だけの治療が、果たして患者の利益になっているのか、むしろ患者を苦しめ、その尊厳を害しているのではないかという問題認識から、患者本人の意思(患者の自己決定権)を尊重するという考えが重視されるようになりました。

我が国の医学界などでも、近年は、尊厳死の考え方を積極的に容認するようになりました。また患者の立場となる側からも、過剰な末期治療を施されることによって近親者に物心両面から多大な負担を強いるのではないかという懸念から、自らの考えで尊厳死に関する公正証書作成を嘱託する人が出てくるようになってきました。

「尊厳死宣言公正証書」とは、嘱託人が自らの考えで尊厳死を望む、すなわち延命措置を差し控え、中止する旨等の宣言をし、公証人がこれを聴取した結果を公正証書にするものです。

必ずしも、すべての医師が、この公正証書によって、延命措置を中断するわけではありませんが、尊厳死の普及を目的している日本尊厳死協会の機関誌「リビング・ウィル」のアンケート結果によれば、同協会が登録・保管している「尊厳死の宣言書」を医師に示したことによる医師の尊厳死許容率は、9割を超えています。このことからすると、医療現場でも、大勢としては、尊厳死を容認していることが窺えます。  

尊厳死を望む場合、そのような状況になる以前に、担当医師などに尊厳死宣言公正証書を示す必要があります。この公正証書の作成に際しては、煩雑な作成過程では、行政書士などに委任して作業を進めてもらうことができますが、いよいよ最終段階のその日だけは、自らが公証役場に出向き、公証人が読み上げる文面に同意したうえで、原本に実印を押す必要があります。したがって、健康なうちに尊厳死宣言公正証書を作成し、信頼できる肉親などにこの正本を預けておくことが何より重要だといえます。

2 遺言公正証書

公正証書遺言の長所は、① 隠匿紛失のリスクがない。② 無効を主張されるリスクが極めて低い。③ 家庭裁判所での「検認手続」不要。
という点です。

もし遺書の信憑性に疑念が出ると、「検認手続」に至ります。これは全ての相続人が家庭裁判所に集まったうえで、遺書を開封するといった手続からはじまりますから、その労力と時間は相当なものになります。この点からも、相続人間の争いを回避し、遺産分割の手続きを大幅に簡略化することができる遺産公正証書の意義はたいへん大きいものだといえるでしょう。

ただし、遺言は、いったん財産がその人に渡れば、その財産の行方については遺言者がコントロールすることができません。先祖代々守ってきた財産であっても、その後配偶者の家系に移ったり、受け取った相続人・受遺者によって処分されたりしてしまうこともあります。このため、近年では、その先の遺産の行方をコントロールできる民事信託(家族信託)を選択する人が増えています。

3 任意後見契約公正証書

任意後見契約は、本人の判断能力があるうちに、信頼できる人( 家族、法律専門家、福祉目的の法人など )を「任意後見人候補者」として契約を結び、将来、判断能力が失われた場合の財産管理や身上監護に備えておくものです。 任意後見契約は、必ず公正証書の形式にしなければ締結することができません。

本人の判断能力が失われた場合に、申立てによって任意後見契約が発動され、「任意後見人 」が 本人に代わって、様々な契約を締結することが可能になります。任意後見制度の目的は、基本的に本人の「保護」ですので、財産を維持・管理することに重点が置かれます。

法定後見に比べると、本人の自由意思を尊重したもので、任意後見人の裁量権は広い傾向にはあります。

本人が何の対策もとらずに高齢化し、判断能力を失ってしまうと、本人の預貯金が凍結されてしまいます。所有している不動産の管理・処分もできなくなってしまいます。本人の判断能力が失われてからは、法定後見しか利用できません。これは、家族などが家庭裁判所に成年後見開始決定を申し立てますが、成年後見人は、家庭裁判所が職権で選任され、申立人が自由に選ぶことはできません。財産は、保存・管理が中心で裁量権は挟くなります。

したがって、本人の判断能力があるうちに、任意後見契約の締結、もしくは家族信託を検討しておくことが、本人にとっても家族や親族にとっても望ましいといえます。 

4 信託契約公正証書

民事信託は、遺言公正証書や任意後見契約だけでは賄えないケースについてもフォローすることができる制度です。信託契約は、私文書でも締結が可能ですが、多くの場合、証明力が高い公正証書によって作成されています。信託契約は、その場で終了する契約(売買契約など)とは異なり、何十年にも及ぶ長期間の取決めです。信託契約を公文書である公正証書にすることによって、信託契約の趣旨を明確に残すことが強く望まれます。

公証役場では、原本を20年間以上保管します。少なくとも、信託契約の継続中は保管しますし、これによって、無用の紛争を避けることにつながります。金融機関などでも、公正証書化された信託契約でないと対応しないところもあるようですので、今後は、家族信託を公正証書化することがさらに多くなるものと思われます。

 

ペットの生涯を民事信託で守る仕組

通常、民事信託について説明する場合、「委任者」「受任者」「受益者」などの専門用語が登場しますが、分かりやすくするために、あえて、それらの用語を使用せずに説明します。

あなたが、仮にゴン太という柴犬を飼っていたとします。自分は高齢なので、ゴン太の面倒を生涯見られる自信がありません。こんなときに活用できるのが、民事信託なのです。

それでは、これを前提に説明を進めます。
 
あなたには信頼できる長女がいます。既に結婚して遠方に住んでいます。かつマンション住まいでペットを飼える環境にありません。さいわい、近所に犬が好きな友子さんという友達がおり、万が一のときにはゴン太の面倒をみてあげると心強い言葉もいただきました。

しかし、ここで問題になるのは、いざ預ける事態になったときの飼育費用です。食事代はもちろん、病気にもなれば多額の治療費が必要です。かといって、友人とはいえ他人に、百万円程度のまとまったお金を渡すのもどこか抵抗があります。ゴン太が早逝した方が多額の残金を手にすることができるのですから、飼育もおざなりにされるのではないかという不安が過ります。

こんなケースでは、長女に資金を信託する民事信託契約をすればいいのです。信託用の口座を開設して、そこに資金を預けます。自分が元気なうちは、それまでと全く変わらない生活をしますが、万が一痴ほう症になりホームに入居するようになった際には、友子さんにゴン太を預けることにします。飼育費用と謝礼金を、長女が信託用口座から友子さんに毎月に振り込むことを予め契約で設定しておけばいいのです。

こで、心配性の方なら、さらなる不安が起こるはずです。はたして友子さんは、ゴン太を丁寧に扱ってくれるのだろうかと。その場合は、民事信託のコンサルタントをしてくれた行政書士などに監督員の役目を依頼する仕組みがあります。監督員は定期的に友子さんのもとを訪ねてゴン太の飼育状況を確認し、長女に報告をします。これでほぼあなたの心配は解消できるのではないでしょうか。この民事信託契約はあなたの死後も有効に働きます。そしてゴン太の死後、無事にその役割を終えるのです。

これはほんの一例ですので、状況によっていろいろなパターンが考えられます。つまり、民事信託は、個々の状況に合わせて役割構成を設計するオーダーメイドの制度なのです。いずれにしても、本人が元気なうちに民事信託契約を作成することが肝心です。

法定相続一覧図の活用を

人が亡くなると、相続が開始し、様々な相続手続が必要となります。被相続人が複数の銀行口座や土地・建物を所有していた場合、かつては手続に多大な時間を要しました。これらの相続手続をそれぞれの窓口で並行して行うことができる制度として、2017年 5 月29日から、「法定相続情報証明制度」がスター トしました 。

通常、遺産分割協議が整った後に、亡き親の不動産の名義を相続人に移転する登記を行い、預金口座から相続人へ払戻しを行い、株式を相続人へ名義変更します。このときの、すべての相続手続には、被相続人の戸籍謄本等および相続人全員の戸籍謄本等(いわゆる「戸籍謄本等の束」)が必要となります。

その場合、「戸籍謄本等の束」は、最初の金融機関の相続手続が終わるまで相続人に返却されませんので、早急に2つ目以降の預金を払い戻す必要があるときは、これまでは、「戸籍謄本等の束」を何セットも用意しなければなりませんでした。

また「戸籍謄本等の束」が1セットしかない場合は、これをひとつの機関に提出して、数週間の審査期間を経て返却された後に、改めて別の機関に提出して相続手続をしなければならないため、すべての相続手続が終了するまでに相当の時間がかかっていました。

これを合理的に進められるのが「法定相続情報証明制度」です。この制度により「戸籍謄本等の束」の代わりに「法定相続情報一覧図」が活用できるようになりました。予め法務局で手続をすれば、「法定相続情報一覧図」の写しを、必要に応じた部数を交付してもらえますので、これを複数の銀行等に並行して提出することで、払い戻し等の手続を円滑に進めることが可能になりました。


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